それは平穏な日曜日の午後のことでした。トイレを流した際、いつもより水位がぐっと上がり、便器の縁ギリギリまで水が迫ってきたのです。心臓が止まるかと思いましたが、数分待つと水はゆっくりと、しかし確実に引いていきました。完全に詰まったわけではないし、しばらく時間を置けば大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせ、私はその場をやり過ごしてしまいました。これが全ての失敗の始まりでした。その後も数回、トイレを使うたびに水位は怪しい動きを見せましたが、やはり時間をかければ少しずつ流れていきました。私はネットで検索し、トイレットペーパーなら時間が経てばふやけて自然に解消することもあるという甘い言葉を信じてしまったのです。しかし、現実は非情でした。三日目の夜、ついにその時は訪れました。普通にレバーを回した瞬間、水は一切引くことなく、恐ろしいスピードで便器を満たし、そのまま溢れ出したのです。床に広がる汚水を前に、私は立ち尽くすしかありませんでした。慌ててラバーカップを買いに走りましたが、数日放置して固着してしまった詰まりには全く効果がありませんでした。結局、深夜に水道業者を呼ぶことになり、作業員の方からは、もっと早い段階で対処していれば簡単な作業で済んだはずだ、と告げられました。放置している間にペーパーが排水管の奥で粘土のように固まり、通常の清掃では除去できないレベルに達していたのです。高圧洗浄機を投入し、数時間に及ぶ作業の末にようやく開通しましたが、深夜料金を含めた修理代金は当初の想像を遥かに超える高額なものとなりました。それ以上に、溢れた汚水の臭いと戦いながら床を掃除した精神的なダメージは、金銭的な損失以上に大きなものでした。少しずつ流れるという状態は、決して治りかけているサインではありません。むしろ、完全に止まる一歩手前の、極めて危険な予兆だったのです。あの時、すぐに手を打っていればという後悔は今も消えません。トイレの異変を軽視することは、住まい全体の衛生環境を危険に晒すことと同義なのです。
水が少しずつ流れるトイレのつまりを放置した結果起きた我が家の悲劇